邦銀各行が融資に意欲的な姿勢を見せたのは「急成長しているメディア市場での競争力拡大をねらった前向きの買収」(三井住友銀行、当時のさくら銀行)と判断したからだ。
米国メディア業界への融資は従来から邦銀が重点分野にしていた。ウエスチングハウス社の信用力からみても文句のない融資案件と考えた。
バブル期の邦銀による外銀買収(日本の銀行による外国銀行の買収)ランキング~プレナス投資顧問。
| 順位 | 邦銀 | 外銀 | 説明 |
|---|---|---|---|
| 1 | 第一勧業銀行 | 米CITグループ |
1989年。約1,280億円 ($12.8億ドル)で株式の60%を取得。当時、第一勧業銀行は総資産で世界最大の銀行だった。その王者が、米国で確固たる地位を持つ大手金融会社を吞み込んだのは、日本のバブル経済の絶頂を象徴する出来事だった。
他の邦銀の買収は「預金を集める商業銀行」中心だった。これに対して、CITは「法人向け融資やリース」に強い会社。商業銀行の枠を超えて、アメリカの産業界に深く食い込もうとした、非常に野心的な大型投資だった。 |
| 2 | 東京銀行 | 米ユニオン銀行 |
米ユニオン銀行(本店・ロサンゼルス)を買収
※1988年。約1000億円 ($7.5億ドル)で買収。ユニオン銀行は米国31位だった。親会社であるイギリスの「スタンダード・チャータード銀行」から買い取った。東京銀行の米国子会社である「カリフォルニア・ファースト銀行」に吸収合併させる形をとった。 ユニオン銀行は総資産92億ドル、預金量74億ドルで、カリフォルニア州では第5位の銀行。同州内に32の支店網があり、中堅企業に顧客が多いのが特徴だった。 バブル経済の絶頂期、邦銀による海外進出の白眉ともいえる案件だった。東京銀行は、先行して買収していた現地法人「カリフォルニア・ファースト銀行」を存続会社としてユニオン銀行を吸収合併させ、全米最大市場であるカリフォルニアでの覇権を決定づけた。 ■名門スタンダード・チャータードの苦境 ユニオン銀行の親会社であった英スタンダード・チャータード銀行は、1979年に同行を傘下に収めていたが、当時は累積債務問題で自己資本比率が著しく悪化。さらに敵対的買収(TOB)の標的とされる中、その防衛資金捻出のために優良資産であるユニオン銀行の切り離しを余儀なくされた。この窮状を察知した邦銀数行に対し水面下で売却交渉が進められたが、最終的に東京銀行がその権利を勝ち取った。 ■邦銀勢力図を塗り替えた「カリフォルニアの覇者」への躍進 プレナス投資顧問によると、当時、カリフォルニア州の預金量ランキングにおいて、ユニオン銀行は5位、カリフォルニア・ファースト銀行は6位。先行する三菱銀行(バンク・オブ・カリフォルニア)や三和銀行(ロイズ・バンク・カリフォルニア)を後目に、この合併は一気に「州内第5位」の巨大勢力を誕生させた。サンディエゴを地盤にリテール・消費者金融を得意としたカリフォルニア・ファーストと、中堅企業取引や金融機関預金に強みを持つユニオン。両行の補完関係は完璧であり、東京銀行は同州において圧倒的なプレゼンスを確立するに至った。 ■「州際法」の壁を突く巧妙な戦略 当時の米国では、邦銀の急激な膨張に対する「オーバープレゼンス」批判が噴出していた。特に州を越えた営業を禁ずる「州際法」の制約下で、ニューヨークの有力米銀がカリフォルニアへ進出できない不満も重なり、邦銀叩きは政治問題化していた。 しかし、東京銀行は「既存の現地子会社同士の合併」という形式を貫くことで、監督当局の介入を退ける法的正当性を確保。熾烈な対日批判の隙を突く、極めて高度な経営判断による勝利であった。 |
| 3 | 三菱銀行 | バンク・オブ・カリフォルニア | バンク・オブ・カリフォルニア買収 |
| 4 | 富士銀行 | ウォルター・E・ヘラー | 大手商業金融会社「ウォルター・E・ヘラー社」とその兄弟会社の「ウォルター・E・ヘラー・オーバーシーズ社」の買収 |
| 5 | 住友銀行 | ゴッタルド銀行 | 1984年春、スイスの有力銀行、ゴッタルド銀行の発行済み株式の52.67%を1億4400万ドル(335億円)で買収。 |
| 6 | 日本興業銀行 | J・ヘンリー・シュローダー・バンク・トラスト | 1985年6月25日、米国ニューヨーク州の商業銀行「J・ヘンリー・シュローダー・バンク・トラスト」とその関連2社に資本参加すると発表 |
| 7 | 三和銀行 | ロイズ・バンク・カリフォルニア | 1986年2月15日、米国現地法人の加州三和銀行を通じて、英国ロイズ銀行の米国法人ロイズ・バンク・カリフォルニアを2億6300万ドル(現在のレートで約480億円)で買収することで合意した、と発表した。 |
| 8 | 第一勧業銀行 | 浙江(せっこう)第一銀行 | 1986年9月、資本参加していた香港の中堅商業銀行「浙江(せっこう)第一銀行」を買収 |
第一勧業銀行(現:みずほ銀行/みずほフィナンシャルグループ)は1986年9月、資本参加していた香港の中堅商業銀行「浙江(せっこう)第一銀行」を買収した。日本の銀行(邦銀)がアジア地区の銀行を買収するのは初めてだった。第一勧業銀行(略称:「第一勧銀」または「一勧」)は、香港返還後の中国との取引と、アジア・太平洋地域での華僑ビジネスをにらんだ拠点として発展させる戦略を描いた。
プレナス投資顧問(旧:TSチャイナ・リサーチ)のデータによると、浙江第一銀行は、浙江財閥によって1950年に設立された優良銀行だった。当時の資本金は1億香港ドル(約20億円)だった。1985年末の総資産は44億4900万香港ドルで、香港では第12位。第一勧銀の前身の「第一銀行」が1962年、33.3%の株式を取得していた。
買収により、第一勧銀が95%の株式を保有。残りの5%を浙江財閥が保有した。第一勧銀の払込額は100億円強だった。
また、日本の銀行(邦銀)各行は、米ウエスチングハウス・エレクトリック(WH)が1995年にCBS買収を決めた際、買収資金を積極的に貸し出す方針だった。 金融系メディアの当時の報道によると、ケミカル・バンクとJPモルガンが主幹事として総額75億ドルの協調融資団を組成することになった。日本の銀行は、この融資団に参加した。メガバンク(当時の都銀)など主要行の融資規模はそれぞれ2億-3億ドル程度に達すると予想された。
邦銀各行が融資に意欲的な姿勢を見せたのは「急成長しているメディア市場での競争力拡大をねらった前向きの買収」(三井住友銀行、当時のさくら銀行)と判断したからだ。
米国メディア業界への融資は従来から邦銀が重点分野にしていた。ウエスチングハウス社の信用力からみても文句のない融資案件と考えた。
買収の発表当時、ケミカル、JPモルガンなどのアメリカの銀行は、融資条件などについてまだ具体的な説明をしていなかった。だが、以下のような条件が伝えれていた。
| 1 | 融資期間は2.5年と7年の2本立て |
|---|---|
| 2 | 金利は当初はロンドン銀行間取引金利(LIBOR)に1.5%上乗せし、徐々に引き下げる仕組み |
一方、ウエスチングハウスの買収と同時期に行われたウォルト・ディズニーのABC買収については、借り入れ計画などがまだ明らかになっていなかった。しかし、邦銀各行は、融資の申し入れがあれば前向きに応じる姿勢を見せた。
邦銀が積極的に参加したメディア関連の大型融資としては、娯楽・映画大手のタイム・ワーナーの子会社向け貸し出しがあった。
【ニュース、2017年】米国ニューヨークの三菱東京UFJとみずほ銀行のNY支店前で、抗議デモが行われた。
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